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戌井 昭人『ぴんぞろ』を読む。

物語と想像力がもたらす力というものを自らの手で証明します
戌井 昭人『ぴんぞろ』を読む。 Posted on 2011年8月17日Leave a comment
物語と想像力がもたらす力というものを自らの手で証明します

上半期の芥川賞候補作で唯一読んでいなかった作品なので、これが取ったらどうしようもないなと思っていたら、結局この回は受賞作無しに決着したので、自分的には何の責務も負ってないにも拘らず危難を逃れたつもりでいました。ただ、受賞作無しのなかでも本作は評価が高かったのでなんとなくその後も心残りで、単行本にもなっていた由縁、この前ふらっと図書館で借りてみました。

彼の本は今まで読んだ事がありませんでした。

出だしから言葉選びが丁寧で、舞台となる下町の浅草や場末の温泉郷の雰囲気をきちっと踏まえている文章が貫徹されていたので、作品の空気に馴染みやすく読み進めることができました。特に彼の文章が作り出す浅草の風景は田原町の駅を出たところから自分がそこを歩いているかのように音や匂いが伝わり、それが媚びる様でもなく妙に凝った違和感もなく、控え目ながらまさにそのままを味わっている雰囲気にさせてくれました。物語の展開としても余計な寄り道をせずスムーズに流れ結果として終いまで作品のつくる雰囲気を味わえるように出来ていたと思います。

とある劇作家がふとした事件に巻き込まれ、場末の温泉郷に住み込みでストリップの前座をやる事になり、そこでの人間関係を通じて自分を見つめるきっかけとなるというような物語の展開は文学作品としてはありふれ過ぎたと言ってもおかしくないものではありますが、一人称で的確に様々な物や場所心理を等身大で描写するこのオーソドックスな作品の成り立ちには、それ故の難しさがあるのですが、それがどっしりとした安定感になっていた部分には作者の腕を感じます。
主要な人物の一人、踊り子の祖母でオーナーのような存在のルリ婆さんという人が物語の終盤で亡くなりますが、それが物語に哀愁を帯びさせる以外の効果を発揮できていないのが少し残念かと思います。
あと、踊り子と一人称の俺の関係の接近もクライマックスにみられますが、これも書き手の戌井氏が劇団員という甲斐性から作った物語の浮き沈みの一つなのでしょうが、あまりうまく機能してるとは思えませんでした。

この作品を評価するとなると、どうしても過大に評価してしまいたくなる部分があり、もちろんそれも可能だと思うのですが、その場合は実物のつくる作品感との齟齬は止むを得ず、そのような事から票は伸びても芥川賞には届かない作品という結果になったと思います。

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宝田 とまり
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物語と想像力がもたらす力というものを自らの手で証明します

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