「変わらないこと。ずっと仲間なこと。」(上)

「変わらないこと。ずっと仲間なこと。」(上)

4月13日、14日にSKE48の春コンが行われました。
今年で2回目の日本ガイシホールでのコンサート。
去年は外れてしまったのですが、今年はなんと13日に運良く参加出来ました。

今年のコンサートは去年のそれとは違う意味を持っていました。
今春でSKE48から10人のメンバーが卒業し、そのメンバーにとっての最後のコンサートが
今回のコンサートになります。
去年は珠理奈というSKEの看板娘が倒れて、珠理奈無しでコンサートをするという
非常に厳しい状況でのものでした。
そんな厳しい状況を救ったのは、直前に言われたピアノ演奏をやってのけた桑原みずきであり、
glory daysという難しい曲を2日で2ポジション完璧に踊った矢神久美でした。
僕はその時の強いSKEを今でもよく覚えています。
そんな桑原みずきも矢神久美も今回で卒業になります。
僕の中では今回のコンサートはこのメンバーたちによる
「変わらないこと。ずっと仲間なこと。」
がどう機能し、卒業する、そしてSKEに残るメンバーたちにとって忘れられない2日間に
なって欲しいと心から願っておりました。

突然ですが、
僕はこのコンサートの1か月程前にNHK総合とプレミアムで放送された
「震災から2年 明日へコンサート」で SKE48が披露した「仲間の歌」について文章を書きました。
まずは、以下それを引用します。

SKE48はこの春をもって10名のメンバーが卒業します。
常に選抜だった人気のメンバーも何人か辞める事が決まっています。
これはアイドルグループの話なので、どうしても人気の序列にも触れることになります。

http://v.youku.com/v_show/id_XNTI0NTQwNDA4.html

卒業というのは一種の通過儀礼であり、それは物語をあらゆる方向に導きます。
現実を含めて物語はその先が存在しますし、想像も可能ですが、アイドルの卒業は物語の終焉を意味します。
今回この歌に込められたメッセージの1つは、間違いなく10人の終わりの物語の始まりであって、
(つまりここから4月13日14日のコンサートへの終わりのカウントダウンが始まった事を意味し)
ここまで凝った演出をNHKが手がけたという事に僕は大いに驚きました。
SKE48(という物語)を知らない人にとってはただのアイドルソングにしか聞こえないと思いますが、
この212秒には恐らく各々のメンバーが描き上げてきた数年分の物語、
それを受けたグループとしての大きな物語を1つの終末へと動かすメッセージが込められています。
余り詳しく説明したくないんですが、75秒で珠理奈がソロで抜かれるまで、
引きの画を除いて、画面に映るのは全て卒業メンバーです。
通常なら、珠理奈・玲奈・ちゅり・北原・ゆりあ・くーみん
ぐらいから2ショット・3ショットで選抜16人が抜かれていくような撮られ方をする中で、
このつくりは極めて異質です。そこには語り尽くせぬ背景が佇んでいます。
しかし、この映像の中で僕が最も驚いたのが、
画面に映る、卒業を決めたそしてSKEに残るメンバーからその違和感を殆ど感じないという事です。
そこには紛れも無く「日常」が存在していました。
アイドルグループというのはメンバー誰もが物語としての主人公であり、
勿論、スクールカーストのような人気序列というのは否が応でも付き纏いますが、
それでも、自分にとって、誰かにとって、一人一人がセンターという絶対性を孕みます。
僕がSKE48の魅力に取り付かれたのは、
恐らくこのヒロインたちの永続的な「日常」のリアルな物語であって、
その物語の複数性、複雑性、物語の進捗具合の手触り、だったと思っています。
僕はこのような異常な形で世相を反映したコンテンツに今まで出会った事がありませんでした。
つまり、彼女たちの物語が現代の写し絵であって、誇張のように聞こえるでしょうが、
彼女たちの物語は「リアル」そのものなのです。
その物語の大幅な更新というのがこの歌には込められています。
彼女たちは「皆」満面の笑みで、斜め上を見あげ、太陽のように大きな声で、踊って、唄いました。
あたかもそれが永遠に長い物語の一日を切り取った、「日常」であるかのような顔をして。
しかし、そこには物語を追っている人にしか見えない違和感だったり、聞こえない声、
五感を揺さぶるような強い想いが詰まっていました。
一人一人が抱えていた形の違う想いが存在していました。
卒業は通過儀礼と言いましたが、決して「日常」ではありません。
卒業するメンバー、グループに残るメンバー、送る側と送られる側。
卒業の主役はもちろん送られる側です。
しかし、個人の物語を内包したSKE48という大きな物語は、送られる側を主役に出来ません。
卒業するメンバーで小さくても物語の終わりが出来てしまえば、それを包む大きな物語にも影響が生じるからです。
それは、必ずしも良い影響ばかりだとは断言できないものでしょう。
そのようなジレンマを抱えつつ、
卒業という感動的なグランドフィナーレ(卒業するメンバーの物語)
と、均衡を保ち「日常」(これからのSKE48の物語)を創ったメンバー。
つまり、この二つの物語が同じ質量で存在するのが、今日の「仲間の歌」なのです。
ここまで短い時間で色々な思いを詰め込み天頂を迎える物語は他に類をみません。
SKE48のメンバーが今まで獲得してきた地位を最大限に利用して
彼女たちなりに、また一つ物語を更新しました。運命に導かれるように。
彼女たちが夢見る先を勿論僕は知りません。
しかし、ここにそれは存在した。それが、

「変わらないこと。仲間なこと。」

に繋がっていくのだと、僕は信じています。
彼女たちは斜め上に視線をあげて、今日も頑張っていました。

こんな事を勢いで書いていた自分に驚きです。
そして、来る4月13日14日に彼女たちに待ち受けていた運命を僕はこの眼で目撃して来ました。
それはまた次回書きます。