AKB48大組閣

大組閣が終わりました。
19時ぐらいから仕事そっちのけでツイッターのハッシュタグ「‪#‎大組閣‬」ひたすらに追っかけてたら、気づけば21時回ってて当番デスクと僕とAKBオタの先輩(20代女性、40代男性米国人)みたいになってました。結局ですね、分かち合う事でしか強くなれないんですよ、人は。

完全な罠だと知ってて乗っかります(あんまり突っ込んだ議論はしません)。
まずね、結論から言うと「少女たちは、傷つきながら夢を見てきた(現在完了)」ですよ。
今回、この組閣で秋元康は入れ物を変えるような大胆な改革を行わなかった。つまりアーキテクチャーをそのままにしたという事です。これは恐らくそれを自覚しての事でしょうし、それ故、今現在g⁺にも降りてこない、どこでどう仕事をしているのか姿を窺えない(かつてはガンガン下に降りてファンと絡んでた)秋元康という首長の求心力が目に見える形で危ぶまれたという事です。
常に「サプライズ」を売りにしてきたAKBが去年のペナントとかドラフト辺りで目に見えるように迷走し始めて、満を持した今回の大組閣も見た目は大きな変化で瞬間的に今はバズってるんだけど、これが果たして振り返った時に神話的に扱われるかというのはは疑わしい。さらに今回も「サプライズ」の代償としてたくさんの「傷つく子」が生まれてしまった。その傷ついた子について、今すぐに結論を出すのは失礼だし、信じてあげられないのは良くないけど、傷ついた彼女たちに嘗てテンプレのように存在した夢を見るためのプラットフォームが上手く機能するのか。今現在のAKB等の状況を勘案すると、既に過去のシステムと化した機能を信じて歩みを進めるにはあまりにも危険だと思う。と言うのは、極端な話をすると嘗てAKBの「傷つく」というのは、夢を見るためにある種ヤラせ的に運営が設定する現象であって、グループ自体がインフレ傾向にある時はこの「傷つく」と「夢を見る」というのがセットで扱われてて、そこでリアルに限りなく近い幸福の物語が次々と生産されてきたんだけど、今崩れかけたAKBという神話の中で、その保証もなしに歩み出す彼女たちの行く末が不安で仕方ないというが今回の組閣を受けての僕の率直な意見かな。

あとね、一つ凄い面白い現象があって、組閣後に各正規メンバーが(総勢250人ぐらい)一人一人自分のg+(SNS)のアカウント使って拙い言葉ながらも今回の移籍について語ってるんですね。
そこには共通する冒頭文の説明みたいなのがあって、それが「私は今回チーム○○になりました。」ってものなんです。一見何の変哲もないんですが、それがストリーム化してどんどんリアルタイムで動いていっているのを見ると、今読んでる本鈴木謙介『ウェブ社会のゆくえ』で論点として扱われている、多孔化した現実そのもののようなんだよね。
この冒頭部分は、最初はアニメ版魔女の宅急便のコピー「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」のような周りや自分を落ち着かせ、ある種欺くための優しい虚構のように取れるんだけど、次第に大きくわっと流れ込んでくるようになると、各人の書く「私は○○に移籍に、この度私は○○…」ってのが震災後の安否確認に有効活用された時のツイッターのTLみたいな現実的な切迫感が生まれてきて、みんな必至に自分の生を肯定しているというか、存在を証明しているようで、少し滑稽なんだけど、自分を見失わないような必死さすら伝わってくるように感じるということがあったな。

もちろん、具体的に突っ込んだ話をすればきりがないから今はしないけど、僕の推しであるところのこじまこ事小嶋真子がKに行ったのも物語の法則からいうと完全な腰折りで明らかなアンフォーストエラーだし、先日ここでのSKEの事から派生して書くと「ゆりあ盗り」ってのも永遠に言わなければいけないことになったってのもある。
ただ、結果としてSKEがなくなるという破滅的な事態までは至らなかったし、僕の推しであるところの松井玲奈のレギュラー番組が毎週月曜にニッポン放送であるんだけど、玲奈が冒頭で「SKEそして乃木坂46兼任の、松井玲奈です」といつもの鼻にかかったような元気な声で挨拶を始めて、あー公の電波でこの枕詞使うのはここが初めてだろうなとか思いながら聞いてたら、なんか違和感あるんだけど、決して後ろ向きでないというか。

とにかく、これはポエムでも泡沫でもなんでもなくて、
「傷ついた彼女たちは、あの時の彼女たちのようにまた夢が見られるのか。」
今の48グループの真価はまさにここに問われているのでしょう。

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