フジロック

26日日帰りでフジロック行って来ました。
26日も27日も仕事で、まぁ無理だろうと思っていたのですが、26日の野球地方大会が17時ぐらいまでに全て終わり「帰らせて」と懇願したらあっさり通って、急いでレンタカー手配して苗場まで高速ぶっとばして2時間。
ずっと念願だったArcade Fireのライブに間に合いました。
あまりに疲れすぎてて開始の2130ぎりぎりまで横道みたいな草原でぐうぐう寝てたら最前のところ入れなくなってて、とりあえず行ける範囲の一番近いところまで行って開始を待ちました。かなり寝たこともありコンディションMaxで臨むことができました。
まずはセトリを。
⒈Reflektor
2.Flashbulb Eyes
3.Neighborhood #3
4.Rebellion
5.Joan of Arc
6.The Suburbs
7.The Suburbs
8.Ready to Start
9.Neighborhood #1
10.We Exist
11.No Cars Go
12.Haïti
13.Afterlife
14.It’s Never Over
15.Sprawl II
16.Rydeen
17.Normal Person
18.Here Comes the Night Big Time Rush
19.Wake Up
アーケードファイア今年は世界各国でライブをしてるようで、大体は同じ流れでやってるみていです。
ちょっと調べたら、メキシコのVive Latino Festivalってのが3月にあって、それと今回のフジでやったセトリがほぼ一緒でした。
そのメキシコでのライブはつべにでもあがってるので、とりあえずここに貼っておきます。
https://www.youtube.com/watch?v=8Y855JbBHS8
21時半丁度に暗転しライブが始まり、1曲目のReflektorのイントロとともにPVやライブでも登場している全身反射板に覆われた奇妙なモニュメントがステージと少し離れた観客の中に設けられた島のようなサブステージにに出現。と同時に、ウィン・バトラーの「リフレクター」という声と共にスタートしました。
冒頭のインパクトから、身体に直接傾れ込む音は体内を駆け巡り、興奮冷めやらぬうちに最初に訪れたドラマティックなシーンがNeighborhood ‪#‎3からRebellionの流れ‬。
目の前の光景は、ファーストアルバム「Funeral」の完成度というより世界中に与えた衝撃の大きさが時間や場所を越え体現されているさまでした。

改めて「Funeral」というアルバム世界を見せつけられた気がします。
学生時代、アルバイト先の書店の先輩と飯食ってる時にたまたま僕が「Funeral」をTSUTAYAで借りていて、試しにそれを言ったら、「フューネラル、いいタイトルだね」と言ってたことを思い出しました。
Neighborhood ‪#‎3の情動的な部分から接続されるRebellionの規則正しいドラムとピアノのイントロ展開‬。Rebellionは録音されたCDにあるバイオリンやアコーディオンの流れるような軽快なメロディの印象とはうってかわり、硬派で覚悟等強い意志を感じさせるようなイメージを伴っていた気がします。

見終った後に気づいたというか改めて確信したことがあって、今ここでそれを挿入しますが、アーケードファイアのパフォーマンスというのはライブという閾値で図ることが出来ないショーの形に昇華され、それはつまり一連の流れで巻き起こる盛大な物語であるという事です。
個人的によく言っていますが、物語には最初と最後があり、極論から言えばつまり最初と最後があればそれは物語は機能してしまう。
ただ一つタブーとされていることがあり、それは途中で途切れてしまうこと。
ライブとは音楽を演奏するもので、しかしただ音楽を演奏するだけのものでもない。

今回アーケードファイアのショーで特筆すべきは、彼らの2時間弱のパフォーマンスには曲と曲の間の解れや絡まりが一切感じられなかった事だと思います。
それはパフォーマンス全体の流れという部分が演出として重視されていたからかも知れません。
ただ、僕はそこに瞬間的な「接続の連続」のようなものを感じました。
つまりこのショーを仕立てたのは、もはや感覚的なレベルにおいての小気味良い「接続の連続」であり、それはビックバンドのような人数的な厚みから生まれるということです。
誰かが水を飲んだり楽器をチェンジしたりしていても必ずメンバーの誰かの音が聞こえている、その空間に音を絶やさないという自然な経緯が、アーケードファイアという大きな物語を構成しているのだろうと思います。
後は、これまたかなり印象に残っているので、レジーヌ・シャサーニュの人間的な魅力と言う部分にも少し触れておきます。
レジーヌがソロで歌うというケースはそれほどまでに多くは無いのですが、彼女のヴォーカリストとしてのパフォーマンスの残像は脳内に強く記憶されています。
ヴォーカル二人の夫婦関係というのも、うまくいってる場合は最高に美しい物語を醸成する、想像力を引き立てる魅惑的なファクターだと断言できるでしょう。

中盤から後半にかけての、Neighborhood #1→We Exist→No Cars Goの流れも個人的に良かったです。
基本的にアーケードファイアの曲はコールアンドレスポンスが容易で「アー」とか「ウー」とか大声で叫んどけばかなり通用するのですが、ラストの曲以外で一番ノリノリで踊ってたと思うのがここら辺だったと思います。
ラスト前には被り物を被った小人たちもステージ上に登場して、YMOのRydeenを演奏するというサプライズ的な一幕もありました。

そして締めのWake Up。
彼らのライブは沢山見てきましたが、生で合唱ができる日がついにやってきたのかと感無量でした。
イントロから体の身体の総ての毛が逆立つのを感じながら、決して前後左右には負けないようにと叫んでやりました。
リフレクターという最高の書き出し(引き込まれる冒頭の一文)から黄泉である空間は幻を用意し続け、終わらないと錯覚せざるを得ない深い深い漆黒の闇にも黎明を告げるラスト、それが観客の時間の流れを呼び戻し、鬱積した記憶や感情を勢いよく解放する。
そんな「有限」の時間の中に僕らはいたんだと思います。
素晴らしい時間でした。

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