Posted in 哲学・批評 Philosophy & Critique 散文 Essay

『そうだったのか現代思想 ニーチェからフーコーまで』 『思想としての全共闘世代』 小阪修平

シミュラークルあるいはシュミラークル。自由への逃避行。
『そうだったのか現代思想 ニーチェからフーコーまで』 『思想としての全共闘世代』 小阪修平 Posted on 2015年4月19日
シミュラークルあるいはシュミラークル。自由への逃避行。

現代思想の入門書で、面白かった本を紹介します。

19世紀終わりのニーチェから、ポスト構造主義のフーコーまでの流れを、ざっくりと(と、いうよりも「ふわっと」)理解できます。

小阪修平氏のことばづかいには、「ぼく」「ぼくたち」とか「かんがえる」だとか「もんだい」などいわく言いがたい不思議な語感があって、そのスタイルが哲学の入門書にもかかわらず味わい深いものとなっています。

第1部 水源篇―真理なき時代の哲学
ニーチェ―「哲学=真理」の破壊者
フロイト―無意識は何を語るか
ソシュール―言語と差異の体系
ハイデガー―「私」は世界のなかにいる ほか

第2部 展開篇―相対主義を超えて
デリダ―真理の批判と脱構築
ドゥルーズ=ガタリ―自由な欲望の空間へ
ロラン・バルトとボードリヤール―記号論による社会分析
フーコー―近代的な知と主体の変換 ほか

この本を読み進めていくうちに気づくのですが、

この小阪修平氏は、有名な『三島由紀夫 vs 東大全共闘』の対談の動画に出てくる
青年の中のひとりなんですね。(全共闘E)

むかし大学の時に、はしかのように三島由紀夫にはまったことがあって、
この動画を見たことがあったのだけど、
三島由紀夫が話している後ろで小阪修平氏がぴょこぴょこ動いていて
「昔の青年も、礼儀も落ち着きもなかったんだなぁ。僕らみたいだ。」と、
よくわからない印象をおぼえた記憶があります。

※ 下のYouTubeのサムネイルの、左の青年です。

三島由紀夫vs東大全共闘(長尺版) – YouTube

ところで、小阪修平氏は1947年生まれで、ザ・団塊の世代(ベビーブーマー)です。
(ちなみに団塊の世代の著名人としては、細野晴臣やビートたけしが1947年生まれ、大瀧詠一やあがた森魚・井上陽水・糸井重里が1948年生まれ、村上春樹や松田優作・テリー伊藤・崔洋一が1949年生まれですね。)

僕は1987年生まれなので、ちょうど40年分ジェネレーションの差があるのですが、
どうもこの「団塊の世代」の人たちには、いわく言いがたい「特別な時代を過ごしたよ」感を感じていて、むかしからうらやましいなと思っていたりしました。

そこで、下の『思想としての全共闘世代』も読んでみたのですが、思想の本というよりも私的な回想録という形の本でした。
感想としては、「どの世代も、ある特定の年齢において考えたり感じたりすることは大きく変わらないんじゃないか」と感じたり、「僕の感じ方がオールドタイプなのかな」などと感じたり。
本の内容は、別段深いというわけではないのですが、個人的に小阪氏のスタイルには共感して「しんみり」したので合わせて紹介させていただきます。

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シミュラークルあるいはシュミラークル。自由への逃避行。