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マックス・ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読む

シミュラークルあるいはシュミラークル。ポスト・トゥルース的、何ものでもない何か。
マックス・ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読む Posted on 2016年7月30日
シミュラークルあるいはシュミラークル。ポスト・トゥルース的、何ものでもない何か。

マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』という本を読んでいる。
これは、もっと早く読んでおくべきだった。
できれば社会人になる前に。

近代以降、社会は資本主義のシステムで動いているといって良いと思う。
マルクス的な発想で言えば、資本主義を下部構造として、その上部構造として現代の社会の制度や人々の価値観は存在している。
人間や人生の価値でさえ、どれだけ富を得ることができるかによって、定義される部分がある。

しかし、なぜこういった状況は生まれたのか。
マルクスは唯物史観に基づき、自然科学的に原始共産制 ⇒ 奴隷制 ⇒ 封建制 ⇒ 資本主義 ⇒ 社会主義 ⇒ 共産主義へと歴史は発展すると定義した。
現代は、自然科学的・歴史的な理由から、資本主義社会であるというのだ。
そして、労働者は階級意識を明確に持ち、科学的・歴史的進歩のために、革命闘争をしなければならない。

しかし、マックス・ウェーバーは、まったく別の論理で説明をしている。
資本主義の発展は、労働と敬遠に重きを置くプロテスタントの精神を基礎として、その結果だというのだ。

16世紀にルターやカルヴァンによる宗教改革が起こる。
そこから生まれたのがプロテスタントだ。
彼らは、カトリックのように教会に金を寄付すれば、救済されるとは考えなかった。
むしろ、そのような慣習を、腐敗だと否定したのである。

しかし、その結果、彼らは救済されないのではないかという不安から逃れられなくなる。
そこに、ルターの職業召命観(神が仕事を与えた)とカルヴァンの予定説(寄付などでは救済されない)が結びつき、プロテスタントの人々は労働に専念することになったというのだ。
そして、その結果、富は蓄積され投資資金となり、資本主義は発展したという。

つまり、マックス・ウェーバーによれば、思想が経済活動・社会に影響を与えるというのだ。
上部構造が下部構造に影響を与えるということである。

ダーウィンのいう進化論に適者生存がある。

ガラパゴスのフィンチを例に説明される現象だが、果樹の豊富な島々では果樹の採取に適したクチバシを持ったフィンチが、昆虫を餌とすることのできる島では昆虫の採取に適したクチバシを持ったフィンチがそれぞれ繁栄し生き残るというような理論だ。

自然科学的なダーウィンの理論を社会科学に当てはめるのには、本来無理がある。
ナチスによる、ユダヤ人排斥の動きは、ダーウィンの進化論を曲解した結果、アーリア人による生存競争としてはじまった側面がある。
しかしながら、この資本主義システムという海の中で生き残るには、そこを生存環境として自然淘汰の中で力を得たプロテスタントの思想をインストールすることは、価値のあることだと思う。
仮に、内部よりそのマンダラを裂くことを意図するのであっても。

シミュラークルあるいはシュミラークル。ポスト・トゥルース的、何ものでもない何か。