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映画「彼らが本気で編むときは、」を見る。

物語と想像力がもたらす力というものを自らの手で証明します
映画「彼らが本気で編むときは、」を見る。 Posted on 2017年2月28日Leave a comment
物語と想像力がもたらす力というものを自らの手で証明します

「彼らが本気で編むときは、」見た。
荻上直子の新作でこのテーマはと思ってたんだけど、やっぱり良かった。
これまでの荻上作品は、広義のマイノリティがマイノリティを自覚して連帯することで居場所をつくり、その格式高さのようなもでアイデンティティを保つというような印象だった。

分かる人にだけ分かれば良いといったマイノリティ側の諦念やシャットダウンで成り立つユートピア的世界の美しさが基本にあったと思う。
ただ今回はマイノリティを扱いつつも、社会との接触や分かりあえなさにきちんと向き合っている姿が感動を呼んでいたと思う。

トランスジェンダーの話を大人の世界中心にだけ描くのではなく子供の視点含め幅広い年齢の人を使いながら描くことで、当人にとっては長く付き合っていかなければならない問題なんだということも伝わった。
ブローチや毛糸の使い方、布団の敷き方の変化など小道具の細かなこだわりなんかも良かった。

トランスジェンダーのという難役を演じた生田斗真の演技が素晴らしい。
始めこそ違和感はあったものの、次第に女性に見えてくるところもあって、最後の夜明けのベランダのシーンは一周回って男らしさみたいなものも滲み出ていて、嗚呼この人は一つの身体に二つの性が否が応に宿ってしまってるのだと。

こういう話に必要不可欠なマイノリティへ配慮できない正論振りかざす役が軒並みワンパターンというかモデルのような単細胞で、ここら辺の工夫はもっとみたかったなと。でも、そういう単細胞によって、人間としの真の強さはマイノリティの側にあり、苦しいし辛いし悔しいけど美しいと思えた。

何故強いか。それは向き合ってきたネガティブな視線や理不尽な言い掛かりの数が圧倒的に多いから。今はまだそれを我慢しなければいけない。マイノリテでなくてもそういう機会はある。その時に声を荒げて被害者面するのではなく、ひたすら静まるまで編むこと。自分のために編むこと。強いなと思った。

だから、最後のプレゼントがマフラーや腹巻きやソックスじゃなくて良かったと思う。
あの編み物には彼らの孤高さ、本気で編むことが詰まっていた。それで大きく膨らんでいた。

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宝田 とまり
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