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レコードやカセットで音楽を聴くこと、その意味 – ゆらぎ性と物語 –

村上春樹の『騎士団長殺し』を読み、その中で音楽を聞くことの描写に関心を抱いた。
それは、主人公や友人がレコードやカセットテープといった時代遅れのメディアで音楽を聞くことが描かれている点である。
村上春樹は、そこに(”時代遅れのメディアで音楽を聞くこと”)どんな意味を込めて描いたのだろうか。そう感じたのだ。

ここ数年、レコードの復権やカセット・リバイバルがささやかれてはいる。
しかし、今さら、時代遅れのレコードやカセットテープで音楽を聞いてどんな意味があるのだろうか。

そこには、僕らがいつの間にか失ってしまった何か、なくしてはいけない何かがあるのだろうか。
あるいは、レコードやカセット・テープで音楽を聴くというのは、ある意味何らかの価値観の提示・アティテュードの表明だろうか。
では、それはどのような価値観・アティテュードの表明なのだろうか。

そして、最近、僕自身思わずカセット・プレイヤーとカセット・テープのライブラリを購入してしまった。
これはどんな意味を持っているのだろうか。

■ ゆらぎ性を持つレコードやカセット・テープの音の響き

まず、カセットについていえば、聴き始めてわかったのだが、カセット・テープの音の響きにはどこか絵画的な印象がある。そこには、ある種二次元的でありつつ、現実を浮遊した、いわば印象派の絵画のようなフィーリングがある。
レコードは臨場感があり生々しく写実的な絵画なのだが、カセットは中音域の音にフォーカスし背景は多少ぼやかされているので“印象派”的な印象を得るのだろうか。
そこに独特の柔らかさやスムースさを感じる。

あるいは、レコードがフィルム・カメラによる写真で、MP3がデジタル・イメージだとしたら、カセットはフィルム式のトイ・カメラやポラロイド・カメラに近い質感のフォトグラフだといえる。
トイ・カメラやポラロイド・カメラの質感をデジタルに再現して、若者に人気があるのがInstagramなどのiPhone/Androidアプリだが、そのような感覚で現在ではカセットが注目されているのかもしれない。

ところで、レコードやカセットの音とデジタル音楽では、何が異なるのであろうか。
その違い、メディア毎の音の響きの差は、記録の方法(方式)によるものが大きいのではないだろうか。

レコードやカセットは、音の波をそのまま記録する。
レコードは、音の波を物理的な溝として、カセットは電磁的なコードとして記録する。
それらは、音そのものを描画するという点でアナログなメディアである。
この音そのものが描画されていることが、音に豊かさを持たせているのだ。

他方、デジタルメディアは音そのものを描画するのではない。
音の波を、切り取り棒グラフに変換して描画して、その数値を01で記述する。
この音の波を切り取り棒グラフに変換するときに多くの周縁的な隙間が抜け落ちてしまうことが問題であり、さらに01への変換は全てを有と無に変換することであり、ゆらぎ性が失われることが問題である。

こういった記録の方法によって、“やわらかさ”や“ゆらぎ”に違いが出るのだ。

■ A面・B面の物語性

もうひとつ重要なのは、物語性である。
かつて、音楽は物語を持っていた。若者は、音楽で社会を変えられると信じていた。
しかし、現代の音楽にかつてのような物語性・思想的な意味が内包されているかは疑問がある。

現代はクラウドにある音楽をシャッフルで再生するような時代、
あるいは提供されたプレイリストの音楽を気分に合わせて聞く時代である。
そのような文脈に物語は成立しえない。
それはファスト・フードのように、何らかの欲求を満たすための、ファストな何かにすぎないだろう。

あらゆるものをデータベースからピックアップしてキュレーションする社会。
キャピタリズムとエンジニアリングの成れの果て、物語を失い真実の喪失に動揺する社会。

そういった状況の中で、レコードやカセット・テープで音楽を聴くことは、カウンターとしての意思の表明である。
つまり、それは「動物化するポストモダン」化した社会へのアンチテーゼではないだろうか。
それは、物語の喪失への異議申し立てであり、コンテンツのデータベース消費へのNoであり、全てが相対主義化した社会への批判だ。

もちろん、音楽は曲自体がひとつの物語を描いているものかもしれない。
しかし、レコードやカセット・テープは、シャッフル再生することはできないメディアである。
そして、そのことがより大きな意味を描き出している。

それらにはA面とB面があり、それぞれがその作品全体の前半と後半の構成として展開されていて、
作品全体として、その中に大きな物語が描かれているのだ。

2015年のグラミー賞を覚えているだろうか。
プレゼンターを務めたプリンスのスピーチが評判を呼んだ。
‟Albums, Remember Those? Albums still matter. Like books and black lives, albums still matter. ”
(アルバムって皆覚えてるかい? アルバムはまだ大事だ。本とか黒人の命と同じようにアルバムって重要なんだよ)

僕はいまカセットテープでプリンスの音楽を聴いている。

投稿者プロフィール

CoMA
CoMA
シミュラークルあるいはシュミラークル。ポスト・トゥルース的、何ものでもない何か。

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