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人は過去を忘れる。
しかし、ふと、思い出すことがある。
そして、ある時は感嘆の声をあげ、時にはもののあはれを感ずる。
こんなにも世界は変わったのかと。

たとえば、時代を象徴するものとして、今世の中にはあふれる程アイドルがいて、とても一般的なものになっている。

けれど、僕らが中高生の頃にはアイドルなんていなかった。
当時は、浜崎あゆみや安室奈美恵や椎名林檎や宇多田ヒカルあるいは中島美嘉やYUIがいた。
彼らは一見するとアイドルとはまったく違う。
しかし、それは同じ役割を持ったものだ。
彼らは歌う。
そして、人々に対して、なんらかのメッセージを届け、希望を抱かせる。
そういうことなのかもしれない。

僕が言いたいのはこういうことだ。
僕らがティーン・エージャーだったころ、アイドルなんて人気はなく、それほど多くはいなかったはずである。
では、彼らはどのように現れたのだろうか。

アイドル文化の誕生まで

考えてみると、僕らにアイドルという言葉への違和感があるのは、その言葉が80年代的なあるいはそれ以前の何かを想起させるからではないかと思う。

おそらく90年代に、J-POPがかつてのアイドル市場を駆逐したのだろう。
それ以前とそれ以降では、空気が異なる。
かわりに、ビーイング系や小室グループあるいは沖縄アクターズスクールのユニットが一斉を風靡した。
彼らは、ストリートを感じさせ、カジュアルでスタイリッシュだった。
そのスタイリッシュなものへの反動として、ある意味色物的なシャ乱Qのつんくがモーニング娘。をヒットさせた。

しかし、モーニング娘。も2000年代初頭には人気に限りが出て失速。
その後釜は、WhiteberryやZONEといったガールズバンドにとって代わられた。
一方で、90年代末からは独特の雰囲気と明らかな才能を持った歌姫と呼ばれるようなアーティストたちが現れた。

98年には、「林檎?鮎?女性アーティストが大人気」といったワイドショーが流れていた。
98年は、椎名林檎、浜崎あゆみ、宇多田ヒカル、MISIA、aikoが揃ってデビューした年である。

この時代には、音楽シーンが大きく変化した。99年にはDragon Ashが「Grateful Days」を発表。
2000年代前半には、KICK THE CAN CREW、RIP SLYME、キングギドラがヒットを飛ばした。

今からふりかえれば、この時代、日本の音楽シーンは最盛期をこえていた。CDの総売り上げは1999年にピークに達し、その後売り上げは右肩下がりに落ちていくことになる。
そして、2005年にはYouTubeが創業する。2006年頃より日本でも普及しはじめ2007年には日本国内のユーザーが1000万人をこえた。

この頃から、インターネットは確実に社会に影響を与えていた。2004年には、2ちゃんねるを舞台にした電車男が話題となり、書籍化・映画化・ドラマ化される。
また、同年には声優の水樹奈々がinnocent starterで9位を獲得し初めてオリコンヒットチャートTOP10入り、翌年にはETERNAL BLAZEで2位を獲得する。

そして、2005年秋葉原では秋元康率いるAKB48がデビューする。
AKBだけは売れない。そう、誰もが思っていた。
2005年には、木村カエラが「リルラ リルハ」で話題となる。2006年、中田ヤスタカがPerfumeのプロデュースを手がけ、2007年「ポリリズム」がヒットする。

同年、Perfumeは女性アイドルグループとしてサマーソニックでオープニング・アクトを飾る。
また、当時SNSでは、mixiが全盛であった。学生たちは誰しもmixiミュージックという機能で、お互いに聴いている音楽をアピールし影響を受けた。

mixiはmixiミュージックを2009年12月に廃止する。その3ヶ月後、facebookの日本法人が設立される。
この頃、にわかにAKBがヒットしはじめる。
その後の展開は、今に続くものとなる。

2017年の現在では、AKBはアイドル界における絶対的な地位を確保してはいない。
facebookもすでにSNSの絶対的王者ではない。

そして時代は進み続け、僕らもつねに歩き続ける。

アイドル現象とSNS現象 -「希望は、戦争。」~「僕は嫌だ。」-

ミネルヴァの梟的な話だけれど、ぼやっとした頭で考えると、現象的に00年代後半から10年代がアイドルとSNSの時代であったというのは事実であると思う。

この現象の背景にはインターネット文化の発展とiPhoneの登場による徹底した活動の個人化・コミュニティの分断と、世界金融危機による世界同時不況や東日本大震災への不安があるだろう。
ある若者はいった。「希望は、戦争。」

それらの不安から埋めるために偶像への希求が生まれる。
あるいは、社会からの疎外感が自己承認の欲求を増大させる。

それらの心理を反映したのが、アイドルでありSNSだった。
何者かへの憧れは、自らの欲求である。
これら2つの現象はきわめて隣接した関係のあるものではないか。

そしてその後、それらはまとめサイトやキュレーションなどへ流れは向かう。
フェイク・ニュースやポピュリズムの中から人々は「隠された真実」に出会い、それを自己のアイデンティティの基礎としていく。
ポスト・モダンからポスト・トゥルースに時代は移る。
そして、偶像は叫ぶ。「僕は嫌だ。」

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