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映画『メッセージ』を観る。
平たく言えば「ディザスター×SF×哲学」。
冒頭からの未確認物体が現れ平穏が揺るがされるあたりのスピード感は『シン・ゴジラ』を思わせる。特段説明もなく物語が始まるやいなや恐怖はそこにあり、人々は脅かされている。戸惑いや逃げ惑う人々の描写はディザスター映画そのもの。

ただ、ディザスター要素はほぼここで終わり。後は主人公と未確認生命との対話を通じて物語が静かに広がっていく。
難解にもとれる物語の哲学的なメッセージをいかに汲み取るかが映画の面白さになっていて響く人には響くんだろうけど、自分はそれほどピンとこなかった。

物語の鍵の1つが未確認物体が世界の12の地域に同時に現れること。
対話によって未確認生命と距離を縮めていく主人公の言語学者をもってしてもどうしようもない各国の態度や戦力が今の世界情勢とリンクしているのは容易に想像がつく。僕はここら辺にもう少し含みを持たせることに期待していた。

ただ、最終的に物語が落ちた場所は独りの個人の内面であり、翻ってこの世界を揺るがした大きな不安定さも極めて個人的な動機に由来していたということになる。そこに共感できなければ中盤の文字でのコミュニケーションのやり取りの直向きな態度とかにも正直乗れない。

解りやすくひらくと未確認物体というのは彼女の内面を写した鏡である。未確認物体は彼女の所作にシンクロし、彼女はその姿を見ることで自らに気づかされる。では、彼女は鏡を通じて一体何を見たかったのか。
それは自らの恐怖や哀しみを克服する姿でしょう。

自らが最も愛した娘が若くして亡くなった。時系列で表すと、彼女の生の途中から娘の生が重なるも、それが自らの生より先に途絶えてしまう。この哀しみを克服するために、時系列を取っ払うことを未確認物体の力で行う。僕には主人公がSF的な手法で現実的な哀しさを超越する話以上に感じるものはなかった。

そういった意味で考えると『インターステラー』とかと近いんだけど、結局死んだ娘ともう一回会えるとかではなく、実は自分は未来が見えていたというのを絶妙な語り口で種明かしし、さらにそこに自らの寂しさや悲しさを投影させ今を悔いなく生きようという訓示的な話しにする優等生的な作品ではあった。

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