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オープニングから車が燃える。

家に戻ると、部屋ではトーキング・ヘッズが流れている。
トーキング・ヘッズの曲では燃えていたのは車ではなく家だったはずだが、舞台の79年の世界ではBurning Down The Houseはまだリリースされていない。
不思議な違和感を覚えるが、この導入部で既にして監督の手の内に入ってしまった。

主人公の少年と、彼を取り巻く女性達の物語で大筋では驚くような内容では無い。

観終わった後はなぜこんなに良かったのか、説明することがとても難しい作品であるように感じた。
素晴らしいダンスシーンが多く、それも自分の評価の一つではあると思う。
(良い映画にはダンスシーンは欠かせない)

後にマイク・ミルズのインタビューを読んでいると、少し自分の評価の理由がわかってきた。

前作は未見だが、今作と同様に家が舞台の映画だそうだ。
インタビュアーが指摘する、
”そういえばトーキング・ヘッズにも家をモチーフとした曲が多いですね。”

確かにそうだ。
前述のBurning Down The House然り、This Must Be The Place然り。

作り手が家や家族をテーマにする理由は何か?

小津も家をテーマとした作品を撮り続けたが、彼が真に撮りたかったのはそこにある普遍性だと思う。
過去にも現在にも未来にも変わらない普遍性。

この作品で描かれる瑞々しい憂いや、それを写した心象のような鮮やかな映像にはこの普遍性がある。

きっと誰でも記憶の断片と結びついてしまったり、自分の過去を追体験しているような感覚。

もちろん思い込みで錯覚であるのだが、この感覚に気持ち良く入り込めたのは久しぶりだ。

余談だがBlack Flagのファンの少年との闘争のシーンや、ニューヨークのアートスクールを出た赤毛の彼女がSuicideをかけるシーン等、細部にも”それっぽさ”が非常に効いていた。

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