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TVドラマ評『CRISIS』『リバース』『人は見た目が100パーセント』最終回について

『CRISIS』最終回

過去のツイートでも触れたが、物語の中盤以降主人公たちの属する部隊が国や国民を守るという警察本来の任務と、国家や権力者というより大きな力にとって不都合な真実を抹殺することの間で板挟みになるというテーマが最後の最後まで描き抜かれていた。

彼らの理念は裏から入って表に出してやること。
それぞれが過去の痛ましい経験を背負いながらもどうすれば表に戻ってこられるか、しかしこの揺らぐことのない信念は最終回でもあっけなく阻まれてしまう。より大きな権力が過程を無視し結果だけに目を向けるからだ。裏から入って表に出る前に消す。

より大きな国家や権力の前に市民が如何に無力であるか。
特出すべき能力を兼ね備えた公安チームでも権力には抗えない。
ラスト間際ではメンバーがテロリストへの反転を示唆する描写がある。じわじわと膨らんでいった彼らの不安や行き場のない怒りは中盤以降小出しに描かれていた。

まさに今の日本が直面する問題そのものである。
毎話用意されるターゲットに一貫性がなく物語としての大筋が見られないと感じた部分もあったが、これは毎回の犯人が権力にとって不都合なら手段を選ばず抹殺されるという繰り返しの方で筋を作っていたんだと見終ってから気づく。

ラストシーン、ニュース映像の「ここで速報です」で終わる。
如何にも続編が用意されそうな終わりだが、続編は作るべきではないと思う。この速報の内容はは何だったのか。彼らがテロに反転したのではない。共謀罪が可決されたのである。取り返しはつかない。
鋭く社会を抉った良作だった。

『リバース』最終回

窃盗団が絡むことは予想していたので謎が解明された時の衝撃はなかったが、加害者意識を潜在的に抱えながら大人になってしまった4人の現在の描写と事件が再び動き出した因子が上手に散りばめらたゆえの展開が良かった。

作り手も恐らく種明かしより4人含めた事件に関わった人間たちの贖罪に比重をおきたかったんだと思う。
事件が再び動き出した事で転換点となる問題が関係者にはふりかかる。これまではぼんやり逃げてこれたことを直視し変わらなければならないと思えるか。たとえそれが容赦のない現実だとしても。

男性同士の関係を主題に設定にした分、これまでの湊かなえのイヤミス的な作家性の作品とは異なるドライで清々しいラストになっていたと思う。コーヒーなどの小道具の使い方や、藤原と戸田の恋愛要素、意識不明や姿をくらまして時間的に証言をズラすところなど、展開としても良く出来ていたと思う。

『人は見た目が100パーセント』最終回

結論から言うと、今期暫定1番。徹底的な個性重視が生み出した確固たる作品性。最終回の前の回で主人公が思いを寄せる相手が当然のように二股を肯定しテーマが逸れてしまった感は否めないけど、本質としてはセンスや雰囲気など曖昧なものへの価値の偏重への警鐘がある。

恋に恋することに自覚的であることでイケてる風が装える女子会全盛時代に(そういう人に限って恋バナ以外の引き出しがない)、そこを含めて“研究”という自分たちの引き出しでポジティブに勝負する主人公たちの姿が本来の人のあるべき姿だと思う。

分からない事を分かったフリで立ち回る、容姿やセンスを盾に根拠なく上辺の目くばせでコミュニケーションが成立する時代の象徴として、「人は変わらない」や「できないことは誰かに任せればいい」という台詞がある。しかし主人公たちはそこに疑問を投げかける。研究し最適な結論を導こうと努力とする。

ここまで突き抜けて個性的な作品になってしまっただけに落としどころは難しく、友情という安易なところに落ち着いてしまったのは勿体なかったが、それでも「人は変わることができる」と信じてこれからも研究を続けるであろう彼女たちの勇姿はポスト真実時代の立派な処世術だったと言える。

最後にタイトルの「人は見た目が100%」について。
これは決して今の世の中のことを指しているのではなく、もしも今世間がこう言ったらあなたならどうしますかという仮定の一例なのだろう。そうならばまずその条件が話して本当に正しいのか、そしてそれが事実ならばどう対処すべきか。

そういった過程を描きながら、強烈なタイトルにしっかり紐づけるあたりも素晴らしい。
何度も書くが、個人的には「タラレバ」的雰囲気(をベースにした作品)がポスト真実時代の象徴だと思っている。ゆえに今回そこに対峙した桐谷美玲・水川あさみ・ブルゾンちえみは見ていて本当に気持ちがよかった。

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