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東京に来ている母と妹が『君の膵臓をたべたい』を見るということだったので一緒に見て行ってきた。
普段、自分では選ばない映画を見れたことが良かった。
上手くまとまっていたと思う。

一般的に、この手の物語で避けて通れないのが、病気や事故で主人公が亡くなるというケータイ小説的な安易さ。
この映画では、高校生カップルと死が結びつくだけで生じるチープさを避けるため、死を敢えて重く扱わないようにつくられていたのだろう。

それが余命幾ばくもないヒロインが醸すファンタジー性と、他人と向き合おうとしない主人公の当初の薄情さからうかがえる。
この土台をしっかりと踏襲しつつクライマックスでヒロインのリアルとそれを受け止めて変わる主人公の姿を描く。

ヒロインはなぜ自身の最後を主人公に託したのか。

これは実にうまく表現されていた。
彼が最後に送ろうとして消したメールの長文、結果として最後に送ったメールの文章、それに完全に呼応する形で長い年月を越え届いた彼女からの最後のメッセージ。
最後の言葉。これがもたらした彼の変化によって彼女は彼や親友の心に永遠に生き続けることになる必然。

若いキャストで痛々しくも瑞々しさを備え描かれる物語に、後日談という原作にはない設定、小栗旬という確立された役者像が作品の世界観を壊しかねないというリスクがある中で「僕と友達になって下さい」という言葉。これらが丁寧に作品として包みあげられていることをみて、小栗旬の俳優としての力も感じた。

浜辺美波の透明感も素晴らしい。
陽光が差し込み白で飛んだような画面の中でおぼろげに佇んでいる彼女をカメラが追うイメージビデオ的な撮られ方と茶目っ気たっぷりな言動。
大林映画の石田ひかりを思い出すような「~だそ」や「ほ~ら〇〇じゃないか」といった現実離れした言い回し。ノスタルジック。

僕が初めて浜辺美波を知ったのが実写ドラマ「あの花」で、その後の「無痛」や「咲」でも寡黙で刹那的な役が多かったのでこのキャラクターもそれ程抵抗感は感じなかった。
細かなところで言えば最後まで呼び合わなかった二人の名前がリンクしてたり、死因や同級生のその後も過不足なくまとまっていた。

一つ疑問だったのが、主人公とヒロインの家族が最後の方まで全く出て来ない事。親が子を心配したり二人の関係に口を挟むというリアリティが徹底したファンタジー要素を壊しかねないという理由だと思うけれど、ヒロインが病気で死ないと予測するとこの異常さは妙に目立ってしまい意識が持っていかれた。

次のNHK朝ドラ『わろてんか』は、脚本の吉田智子が書くということだ。

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