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短篇小説は長篇に較べ、作家の核となるものがより表れやすい。
多彩なスタイルに見えて、その実(あとがきで触れているように)同じモティーフを変奏のように繰り返し語り続けている古川日出男のような作家は特に。

この短篇集では「レプリカ」という単語が何度も使われている。
小説は、現実のレプリカなのか。
そうだとしたら、人はなぜ、わざわざ模造品を作って、読むのか。
ここに収められた8篇は、そんな問いを読者に突きつける。

『お前のことは忘れていないよバッハ』 三軒並んだお隣同士が不倫しあって父母シャッフルというとんでもない状況で共同生活を始めた三人の子どもたち、それからハムスターのバッハ。
家の中を世界地図に見立てる空間の想像力、「生き延びろ」という著者の作品で繰り返されたメッセージ、物語る=距離をつくる・カッコに入れることの救い、語りの裏に隠された切実な感情。
古川日出男のエッセンスが半分。もう半分は『カノン』に。

『カノン』 男の子、女の子、それからザ・マウス。
現実自体が何かのレプリカとしか思えない姿をとるようになった時、どんなフィクションがテロになり得るのか。
「女の子」の過剰な優秀さと、啓示に対する迷いの無さがとても古川的。文章のノリがちょうどいい。
『ストーリーライター、ストーリーダンサー、ストーリーファイター』 幽体離脱した「僕」が語る、3人の同級生たち(そういえば、鏡に映らない語り手の姿は『物語卵』の「鏡を見るとそこにはいつも僕がいません」という一文を連想させる)。
「戦闘的に」書き、踊り、闘う彼らの物語が始まる寸前で幕を引くこの作品は、爽快な、小説以前だ。
『飲み物はいるかい』 いくつかの点で『サマーバケーションEP』の原型だと感じる。想像力のある歩行。著者の書く散歩はとても魅力的だ。
『物語卵』 映画『スプリット』の多重人格者を連想してしまった…のはともかく、入れ代わり立ち代わり表れて物語を語っていく彼らは一体何なのか。

語り手たちは階層を持ち、それはさらに樹形図のように枝分かれしているのだという。
各々が語る物語は、「生き延びる」というただ一つのことを語っているようにも聞こえる。
物語は、何かを生かし伝えていくものであり、その過程で姿を変えていく(べきな)のだということか。

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