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金曜ドラマ『アンナチュラル』第2話/第3話を観る。

金曜ドラマ『アンナチュラル』第2話/第3話を観る。 Posted on 2018年1月27日Leave a comment

金曜ドラマ『アンナチュラル』第2話

今回は初回以上に石原さとみ演じる主人公・三澄ミコトの過去や現状に踏み込んだ内容だった。この回を見てこのドラマは石原さとみのためのものだと思った。

近年の石原さとみといえば、映画「進撃の巨人」「シン・ゴジラ」ドラマ「校閲ガール」など、リアルの解像度を故意に下げる事で漫画の主人公を地で演じる(3→2.5次元)という過剰にデフォルメされた演技が目立っていた。

人間の内にある数百という複雑な感情を敢えて10個ほどに限定してスイッチ一つでその場に最も適した形で分かりやすく提供するという彼女の驚くべき技法は様々な所で話題になったが、今回はそれとは全く逆の複雑な主人公を演じてみせている。それを引き出す一つの要素が過去のトラウマだろう。

一家四人の練炭自殺で唯一生き残った幼少期の記憶というのは今回含めて今後も事あるごとに触れられる要素となる。その度に彼女は今も十字架を背負っていますという姿を見せる。さらに彼女の今の哀しみ・強さ・明るさなどは周囲の人間と接する姿や表情から浮かび上がってくる。

絶対絶命の状況で窪田正孝演じる後輩に語った死の恐怖や生への執着の姿勢、助かった上で井浦新演じる先輩への感謝と諦念にも似た表情、その後市川実日子演じる同僚と「肉行こ」とあっけらかんとしている様など、短い間に多くの感情が入り乱れる部分に、この主人公を描きたいという切実さがうかがえる。

この丁寧な描写で主人公が抱える思いを受け止めてあげることができれば、このドラマは他に類をみない十分な傑作となると思う。なので今回のラストにあったような週刊誌うんぬんといったパートは個人的には賛成しかねる。
野木亜紀子には石原さとみの100万通りの表現力の一点のみを信じて欲しい。

金曜ドラマ『アンナチュラル』第3話

ネットで評判が良かったから楽しみに見たら、良くなかった。
前回、このドラマに期待する点を石原さとみが演じることで生まれる画一的なキャラクターからの変化と書いたが、今回はそれが完全に戻ってしまっていた。

一話完結の構造上、ストーリーに重きが置かれるのは仕方ない。
ただ、野木亜希子は今月の美術手帖ドラマ特集で古沢良太との対談の際に、「物語が面白ければいいのだが、そこに裏テーマをいかに巧妙に入れるかということを考えている」と発言している。
それが今回はあまりに過激に前面に出ていた。

もちろんそれは石原さとみ演じるミコトの感情を逆撫でするためのものであり、それにより「理性的な男・感情的な女」という構造は簡単に出来上がるのだが、その流れには男女の問題を扱う上での繊細さがなさすぎる。
さらにミコトは感情的になりながらもその感情をエネルギーに代えて真実に辿り着く。

つまりこれはドラマ向けに絞られた数パターンの感情のみのを分かりやすく見せていくこれまでの石原さとみの定型化した演技と変わらない。
裁判のような絶対的な決着のみに重きを置くのではなく、もっとグレーな部分をミコトにぶつけてその複雑な感情で視聴者に問いかけるようなつくりを期待したい。

法医解剖医の話だから辿り着くのは絶対的な真実でなければならないのはもちろん分かるのだが、そこに至るまでに経緯と最終的な結論に対してミコトは何を考えどのような感情にあるのか。その含みこそがこのドラマをさらに面白くさせるはずだという勝手な思い入れなのです。

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