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映画『リバーズ・エッジ』を観る。

映画『リバーズ・エッジ』を観る。 Posted on 2018年3月17日Leave a comment

『リバーズ・エッジ』を見た。
渋谷HUMAXシネマ、恐らく友人が見た前の回だったと思う。

個人的には悪くなかったと思うけど、期待値が高かった分、悩ましい箇所も散見された。
まず、いい意味でも悪い意味でも構成が不親切。冒頭に物語の鍵になるようなシーンがいくつか断片的に映される。そのパッチワーク的な構成が全体の構成にも影響を及ぼしていた。

一見するとストーリーがあるようで実は断片をつぎはぎしたように見えるのは恐らく時代設定と関連している。この物語の設定はかろうじでコミュニケーションの分断化が起こる前の時代で、故に分断化を加速させる携帯電話は登場しない。ただ、それを予感させることを構成でやっていたと思う。

この物語を描く上で最も重要なのは、当時の時代観を再現すること。
70年代から続くオカルトブームや『完全自殺マニュアル』の影響、未知なものが未知として存在する恐怖と焦燥感。川の対岸へ滑るように渡ってしまうことで受ける傷と生の感覚。この時代の感覚の切り取り方はとても良かったと思う。

この物語の登場人物たちと現代の若者たちの違いは身体が伴っているか否かだと思う。今から見れば生身のコミュニケーションは完全なアナログだが、その避けられない衝撃の中で神は細部に宿ると信じ祈りの場所を模索する姿こそが平らに成らされる以前の一部の若者にのみ見られたシーンだったのだろう。

二階堂ふみ初め若い有望な役者陣はそれしっかり分かって演じてたんだろうがこればっかりは想像で補うにも限界があり、個人的には90年代前半の若者たちとしては見られなかったのが残念。正直僕も平成7年ぐらいまでの当時の社会状況とか時代観とか全く分かってないから何とも言えないんだけど。

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