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映画『きみへの距離、1万キロ』/『さよなら、僕のマンハッタン』を観る。

映画『きみへの距離、1万キロ』/『さよなら、僕のマンハッタン』を観る。 Posted on 2018年4月30日Leave a comment

昨日『きみへの距離、1万キロ』と『さよなら、僕のマンハッタン』を見てきた。
どちらも90分前後でコンパクトにまとまった良作だった。

『きみへの距離、1万キロ』

随所にコンプライアンスやプライバシーにおいてアウトだろうという点があったけど、設定上ということもあるが極端に少ない台詞の中に「誰かの脅威がビジネスになる」とか「運命の人は一人じゃなくていい」など、輝くものがあった。

本作は特にラストシーンの重複が意図的としか思えないほど『君の名は。』的で、つまりネットが普及し誰といつどこでも瞬時につながれる時代に“すれ違いの恋”というシチュエーションを作れるかというのが創作の原点にある。

とはいえ、『君の名は。』はアニメということもあり時間をズラすというファンタジーでシチュエーションを作ったが、本作は現実で起こり得る可能性を担保しつつ、それを限界まで狭めたという設定。
石油パイプライン監視・ロボット遠隔操作・アメリカと北アフリカ・国境を越えるなど、現代的な切り取り方も良かった。

『さよなら、僕のマンハッタン』

『さよなら、僕のマンハッタン』良かった。
僕は去年の年べス10位に『ギフテッド』を入れいて、あれはとても良かったんだけど、どこかでマーク・ウェブが家族のことをここまでストレートに描くのかという勝手な疎外感というのがあった。

だからこそ、本作での作品のルックというか青年の佇まいとNYの街並みや冒頭のルー・リードの話やBGMなどで、これは『(500)日のサマー』のような作品がもう一度見られるのかという期待が膨らんでいった。
中盤からラスト前までにかけては記号的な言葉遊びをしているかのような台詞の言い回しや、話しの筋を見失ってしまいそうほどの主人公の迷走ぶりと舞台のNYという街の包容力や主人公(一人称)感に拍車が掛かっていくんだけど、最後にびっくりするくらいまともなオチがついてくる。
そのオチを噛みしめながら綺麗にまとまった物語を反芻できるようになっている。いい脚本だった。

ただ、それは全く『(500)日のサマー』的な形をしてなくて、むしろ極めて『ギフテッド』的な物語に落ち着いたというあたり、マーク・ウェブが家族を描く作家になったと言われるような決定的な作品だったのかなと思う。

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