古市憲寿『平成くん、さようなら』を読む。

『平成くん、さようなら』読み終わり。 安楽死というテーマに対する社会学である著者のアプローチと、それを平成という時代を絡めて小説というコンテンツで見事に表現する構成力はデビュー作としては見事。著者を思わせる平成くんという主人公を恋人の一人称から描く距離感も著者らしい。

著者の来歴や作風も含め田中康夫の『なんとなく、クリスタル』は比較されうる作品であるが、『なんとなく…』は恐らく当時あの作品を読んで共感できる人が多くいたからこそ、現在でも80年代の時代の空気を切り取ったという評価が一般化されているのだろう。

だが、その事を踏まえると『平成くん…』は果たして平成という時代の映し鏡のような作品だろうかということを考えると必ずしもそうでない気がする。逆説的にはそれこそが平成という時代の多様性や格差の象徴なのかもしれないが、僕にはほぼ同時代を生きてきた平成くんと愛ちゃんの2018年の日常は想像し難い。

東京湾に面した家賃130万のタワーマンションや特殊な労働環境、移動手段はほぼタクシーで身につけている服は俗に言うハイブランドものとという彼ら。その彼らの寂しさや辛さにいまいち共感が持てなかった。もちろんこれは想像力の問題で、あの主人公たちに時代が共感するのであればそれはそれで頼もしい。

もちろん、『なんとなく…』は後追いで読んでも時代の終わりに対しての警鐘と対策が実感できるように、『平成くん…』では同じような時代の転換点にどのような結論が導かれたかと考えると、安楽死というのはあくまで提案の一つに過ぎないながらもそれに伴う平成くんの講じた対策も今では全く非現実的でないことは分かる。

情報や記号はしっかりと時代の的を射ていて、その情報や記号を効率よく取捨選択する彼らのライフスタイルや価値観も分からなくはない。

とはいえ、結局そんな彼らの生身の人間性みたいな部分が物語には必要不可欠で、結局その部分に本作の重心も置かれてしまうバランスが個人的には腑に落ちない部分だった。

何時の時代であれ、人はその人にしか分からない淋しさや恐れがあるし、自分が生きている証を刻みたいと思うものなのだろう。その哀しみや願望に対して選択肢をぐっと増やしてくれたのが平成という時代だったのだろう。まぁ結局みんな同じ選択をするので時代は繰り返されるのだが。

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