映画『ア・ゴースト・ストーリー』を観る。

昨日『ア・ゴースト・ストーリー』観てきたけど、ちょっと僕のこれまでの経験ではうまく語れないタイプの映画だった。
カメラワークで言えば極端な長回しとたまにある俯瞰的な映像、ゆったりとしたパンなどこれが物語的には幽霊の視点と解釈してもいいところなんだけど、実はそれでは説明がつかない。

少し前にNHKでやった『カラスになったおれは地上の世界をみおろした。』というドラマは、人間とカラスの身体が入れ替わるという設定で、カラスの目線の映像を全部ドローンで撮影したというものだったが、この映画の映像もそういったものに近いニュアンスで撮影されていたのだと思う。

主人公が死んで幽霊になり、その姿で自宅まで帰り恋人を見守り続ける生活(というか死に活)が始まるのは間違いないから、あの幽霊は死んだ主人公なんだけど、途中で対面の家にも同じ姿の幽霊が現れたり、実は悠久の時を超えて存在してしている幽霊の存在も明かになり、後半はスケールがかなり大きくなる。

ラストシーンでは幽霊は成仏され形を失うのだが、恐らく成仏という概念はキリスト教的には無いはずで、そうすると鎮魂と成仏の違いなどが気になる。ただ、後半のスケールを考えると幽霊というのは遺された者の記憶や思い出のメタファーなのかもしれないとも取れる。それなら鎮魂や成仏とは切り離される。

死んだ主人公が幽霊になり恋人を見守るという設定にも関わらず、特に最後まで暖かみは一切感じず、台詞も極めて少なく無機的なシーンが最後まで続く。ただ、このポジションをロボットに代用できる時代において、敢えて幽霊という荒唐無稽な設定にこだわった部分に作り手の意図は集約されているはず。

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