平成の終わりに

あと1時間ほどで平成も終わる。平成という時代の終わりには感慨深いものがある。

もちろん、元号が変わったところで現実そのものが変化するわけではないし、西暦が一般的に使用されるなかで元号を使用する合理性は見えなくなっている。
しかし、西暦が世界史あるいはキリスト教的な歴史を概観するための区切りであるのに対して、日本の元号での歴史は日本の時間を区切り遡行させるものである。元号での歴史は、西暦での歴史と違った物語を語ることがあるだろう。あるいは元号での歴史は日本人の歴史でもあり、それは日本人の行動パターンを見せるものであるかもしれない。
平成の終わりというのは、歴史の終わりの終わりという感じもある。あらたな歴史のはじまり、あるいは歴史の再起動として平成が終わり令和がはじまろうとしている。

失われた20年としての平成

ぼくは1987年生まれなので、意識の芽生えと平成のはじまりがほぼ同時だ。
東西冷戦が終結し、90年代にオウム事件があり、グローバル化とIT革命を経験しながら、911によりフランシス・フクヤマの歴史の終わりの夢が終ったところから21世紀がはじまった時代。

経済面でいえば、山一證券が1997年に倒産し金融不況が蔓延し失われた20年のあいだにはインターネット・バブルを経験し、その後にはリーマン・ショックによる世界同時不況の煽りを受けた時代でもある。ぼくらはリーマンショックの直後に就活をはじめ、社会人一年目の終わりに3.11を目撃したのだった。

不況を経験したぼくらの平成。たとえば、マクドナルドのハンバーガー59円、松屋の牛丼250円、メガマックにメガ牛丼みたいな時代を思い出すと、いまの物価をおそろしく高く感じることもある。しかし、深夜バイト明け夜明け前に彼女や友達と牛丼を食べて、そのまま缶ビールを片手に公園や河川敷まで散歩するみたいな日常はいちばん幸せな瞬間だったように思う。

平成の終わりというのは文字通り平成時代の終わりであるけれど、それは昭和の残り香が消える時なのかもしれない。 それは戦後昭和を象徴した1964年東京オリンピックあるいは戦前昭和の1940年に開催予定だった東京オリンピックから半世紀をへて再び東京オリンピックに向けて再開発される時代でもある。

東京オリンピックを控えた現在の東京では、バブル崩壊で不動産価格が暴落し、債権が複雑に絡み合って再開発されなかった土地も多く再開発されてきているのを感じる。 いいかえれば、バブルからバブルへ漂い流れた時代であったのかもしれない。平成の終わり、昭和も遠くなりにけりということだろうか。

ユートピアとしての平成

振り返れば、平成は、恐慌と震災とそれでも小春日和とデモクラシーの時代だったのであろうか、あるいは振り返れば大正の時代のようだった。
言うまでもないけれど、昭和というのは明治を喪失した大正のあとの明治の再来であって(昭和維新)、喪失と震災と小春日和であった平成の後にくる令和は明治=昭和的なものなのだろうかという違和感もどこかにある。

平成は表現や言論の自由があった時代でもあった。冷戦構造の終焉とグローバルなITの発展。ある種アナーキーなネットと多様性と相対主義的な資本の世界の時代であった。そして、ヘイトスピーチやフェイクニュースなどのポスト・トゥルースやネット規制論に飲みこまれるようひとつの時代が終わっていくような感じもある。
それでも、平成から令和への時代の変化というのが、1930年代な、大正から昭和にかけての変化、恐慌と震災とそれでも小春日和のデモクラシーの大正から世界大恐慌、満州事変、血盟団事件、二・二六事件、治安維持法、近代の超克の時代への変化と重なることのないことを祈りたい。

ミミズクが死んだ日を憶えているだろうか。あの日に、ぼくは平成の終わりのを強く感じたのであった。あるいは、ミネルバのふくろうは迫り来る黄昏に飛び立つ。

紙幣の刷新―渋沢栄一・近代日本・資本主義

天皇の退位と令和への元号の変更とは異なるが、先日紙幣の変更が発表された。

今後、新1万円札には渋沢栄一と東京駅丸の内駅舎、5千円札には津田梅子と藤の花、千円札には北里柴三郎と葛飾北斎の富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」が描かれることになる。

1万円札の渋沢栄一と東京駅丸の内駅舎には共通点がある。それは、煉瓦(レンガ)である。
渋沢栄一は出身地である深谷で日本煉瓦製造株式会社を設立。近代国家の設立に向けて、近代的建築が必要であると考えレンガ製造を始めた。
そこで製造された煉瓦が、西洋建築の第一人者である建築家の辰野金吾により設計された東京駅の建築に使われたのだ。

GWを活かし、本日深谷を訪れた。深谷の煉瓦資料館、近代日本というものを示唆していて興味ぶかいものがあった。
煉瓦は中国では古代から建築に使われ歴史があったが、日本では使用されなかった。
しかし、明治以降、西洋化・近代化を目指し煉瓦の生産や西洋式の建築・景観づくりが進められた。だが、その道には関東大震災により破綻が見える。煉瓦は日本の風土にあっていなかった。
数年後、渋沢栄一は他界し、日本は満州事変や二・二六事件などを経由しながら戦争へ向かっていく。

だが、日本が近代化のモティーフに煉瓦建築を選んでしまったというのが間違えであると同時に本質であるなと感じるところもある。
これは西洋や中国では地震が少ないのでその脅威が忘れられていることや、資本主義というのが恐慌というものをうちにはらみながらそれを表すことを避けるシステムであることに似ているように思われる。

ともかく、新時代・令和にはいい時代が来ることを願いたい。
最近、余華 原作、チャン・イーモウ監督の『活きる』という中国映画を見たので、そこからセリフをひとつ。

おまえたちはいい時代に生まれたよ これからは もっと良くなる

平成ドラマPickUp

最後に、平成を振り返るドラマをいくつかピックアップしたので以下に掲載。

① 90年代 前半
01. ふたり(1990年)
02. 東京ラブストーリー
03. 愛という名のもとに(1992年)
04. 振り返れば奴がいる(1993年)
05. ひとつ屋根の下(1993年)
06. お金がない!(1994年)
07. 愛していると言ってくれ(1995年)

② 戦後50年
08. 大地の子(1995年)

③ 90年代 後半
09. 踊る大捜査線(1997年)
10. 神様、もう少しだけ(1998年)
11. ふたり(1997年)
12. 君の手がささやいている(1997年)
13. ケイゾク(1999年)

④ 2000年代
14. トリック(2000年)
15. 池袋ウエストゲートパーク(2000年)
16. ビューティフルライフ(2000年)
17. ストロベリー・オンザ・ショートケーキ(2001年)
18. 天体観測(2002年)
19. ビギナー (2003年)
20. ウォーターボーイズ(2003年)
21. 白い巨塔(2003年)
22. 白夜行(2006年)

⑤ 失われた20年からリーマン・ショックへ
23. ハゲタカ(2007年)

⑥ 3.11以降
24. あまちゃん(2013年)

⑦ 現在のぼくら
25. 獣になれない私たち(2018年)

投稿者プロフィール

CoMA
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シミュラークルあるいはシュミラークル。ポスト・トゥルース的、何ものでもない何か。
シミュラークルあるいはシュミラークル。ポスト・トゥルース的、何ものでもない何か。

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