映画『ホットギミック ガールミーツボーイ』

まだ2週目だけど入りが悪く気づいたら終わってるかもと先輩に言われたが、確かに今日の渋谷もガラガラだった。
世の中が山戸結希の凄さに気づいてないのは仕方ないが、こういう若手女性監督が撮った映画が盛り上がらないのは邦画にとってとてつもなくマイナスだと思う。

僕は山戸監督の前作「溺れるナイフ」の強烈なエネルギーに圧倒され、その時から次回作を心待ちにはしていて、その次回作を乃木坂の掘で撮ると発表された時に、正直傑作の予感しかしないと思ってた。
堀の話をすると先に進まないから割愛するけど、アンチも多い堀を僕はアイドルとして評価してる。

で、ここからが映画の感想なんだけど、結論、凄い映画だった。
僕の基準から好き嫌いを決めると「溺れるナイフ」には及ばないけど、それでもこの映画は山戸結希にしか撮れないだろうし、その作家性が前作より一回りも二回りも大きくなったのは確かだと思う。

彼女の映画を撮る上でのポリシーというかルール(この前のセブンルールにも出てたけど)、ここを突き詰めた作品だった。
若い女の子(や男の子)をその時の状態でフレッシュに切り取るとどうしても心と身体の不一致から物語として成立しない部分が出てきて、今回はそこを全く整理せず、究極的に登場人物の脳内とその反応から生まれる感情だけを描こうとしてて、結果としてそれが何となく物語としても歪に存在している。目立ったも物語の筋やキャラ設定なしに、本能的なフェーズで人物たちが絡み合うことで若いエネルギーに満ちた作品となっていた。

この作品から受け手が若者の承認欲求ものだと一元的に判断するのはあまりに軽薄で、登場人物たちが最後に行き着く「私が/僕がこうだからいいのだ」みたいな自己肯定は、見るものはおろか他の誰にも犯される権利のない、自分だけの大切な感情として強く輝いていた。

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