2019年も過半数が終わりつつある。令和元年になって三ヶ月半が経った。いまのところ、令和に明るい時代の兆しがあるとは思えない。街の風景は変わりつつあるけれど。

長い休暇の終わり、カフェで休んでいる。今年の夏も昨年につづきひどい暑さだ。スターバックスの隣の席では高校生の恋人らしき男女が将来や進学について語り合っている。17歳か18歳か、いちばん自分に自信がある年齢だ。その自信がまさにこれから打ち壊される年齢でもあるのかもしれないけれど。

目の前に可能性がある。この世界には未知の明るさがあふれていて、自分の中にも可能性が満ちあふれている。そのあふれるようなエネルギーをどうアウトプットするのかわからず、ただ持て余しているような年ごろ。たしかに、ぼくにもそんな年ごろがあったはずだ。ぼくらも駅前のスターバックスに入り浸っていた。それから、ぼくは彼らの倍近い年齢になったということになる。そして、可能性と同時に不安はだいぶ小さくなり、想像力も失われつつある。

「カルフォルニアがいいらしいよ。留学するのなら。アメリカに留学して、結婚して、NGOで働いて」健康的に肌の良く焼けた女の子がそう話すのが聞こえた。たしかに、ぼくらにもそんな時代があったはずだ。おそらく何かを失ってしまったそれよりも前のぼくら。

昨年、あるすれ違いがあり、それからぼくは認識が大きく変わった。ある種の内省性とある種の外向的志向性、そのどちらに傾くかで、人間の思想はパターンが分かれていくし、それによって人はすれ違うということを考えたのだった。そこからぼくは何を考えたのだろう。ひとつの結論は、強くなければ人は生きてはいけないし、やさしくなければ生きる資格がないということだ。

「ねえ、アメリカに行こうよ」という声が聞こえた。

「ねえ、藤井さんは東京に行くの?」と彼女は言った。「そうなると思うよ。すくなくともどうしたって浪人するつもりもないし、東京の大学に行って、ひとり暮らしをして、それしか選択肢はないかな。消去法で考えてシンプルにそうなる」とぼくは答えた。「わたしは東京の大学には行かない。両親が離婚すると思う。わたしはお父さんをひとりにしたくないもの」と彼女は言った。「そうなんだ」とぼくは言った。

それからしばらくして、彼女から他に好きな人ができたと告げられた。「そうなんだ」とぼくは答えた。そうして、ぼくは東京に出たのだった。湘南新宿ラインでたった二時間の距離。100km、それから4,900日。おそらく、あの時、ぼくは何かを間違えたのかもしれないなと、いまは思う。

「ねえ、カルフォルニアがいいよ。アメリカに行こう」という声が聞こえた。

今年の夏はまだ続くだろう。

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