今日は『ウィーアーリトルゾンビーズ』見る。それだけで大丈夫。

川崎にタラちゃんの映画観に来たらいっぱいだったので、喫茶店に入り『ウィーアーリトルゾンビーズ』観た。
観に行かなきゃと思いながらも時間が作れず、こうやってたまたま無料で観られてしまったことに申し訳なさが残る。
『そうして私たちはプールに金魚を、』も無料で観てるんだよな。

『ウィーアーリトルゾンビーズ』面白かった。
冒頭から長久監督の作品性を象徴するキレキレの映像の連続。あの映像は恐らくあらかじめ監督の脳内にあるものので、その感性と忠実な再現性こそがこの作品の一番の魅力であることは間違いないし、前作もそうだった。

ゾンビをテーマに据えた物語の部分に関しては独自の解釈に欠ける部分もあったかと思うが、両親を亡くしたのに全く泣けない子どもが4人葬儀所で出会ってという設定から、彼らの話題に乗っかり金を稼ごうとする大人やそれを考えなしに消費する大人、一連の騒動でターゲットになって死ぬ大人のふとした瞬間の死にかけた目がゾンビのメタファーであることと、そこから子どもたち4人は何度となく親や周囲のこんな目を見てきたからこそ感情が失われてしまったのだなということが伝わってきた。
彼ら4人が今後どういう選択を取るのかというのは作品としてはあまり重要視されてなくて、ただ、現実を現実として捉える感性みたいなものが彼らに戻ったことは最後はっきりと示唆され、彼らはリトルゾンビーズを名乗りながらも、もう決してゾンビではない。

ラスト付近、ヒカリがごみ収集車で見る夢のシーンとか超絶キレキレだなと思ったけど、その後出産シーンなんかで説明しちゃうのは勿体ないなと思った。
逆に焼かれた楽器の前で踊るイクコのシーンとか象徴的ですごく目に焼き付いた。

『そうして私たちはプールに金魚を、』

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