スタニスワフ・レム『短篇ベスト10』について

星新一がエッセイで、ミステリとSFの違いについて、前者は収束を志向し、後者は拡散を志向すると書いていた。拡散という言葉はまさにレムの作品にぴったりではないかと、この本を読みながら思った。 レムの作品においては、科学技術であれ、法律であれ、電化製品の販売競争であれ、一度何かが生じると、否が応でも拡大・発展が始まり、窮極の破綻にぶつかるまで加速は止まらない。物語はとめどなく飛び散っていき、不可知の領域は際限なく広がり続ける。宇宙のインフレーションを連想させるこのイメージは、未知の天体の謎をめぐる『ソラリス』や『天の声』に現れる。 その一方で、複雑化すること自体が目的となったかのような機械・仕組みの迷宮化も本書に収録された作品には見られる。権力構造・政治体制。人間を越えたシステムの恐ろしさ。際限なさ。「超システム」化。『浴槽で発見された手記』に象徴される。 常に拡散・拡大を目指す、科学・学問・知性、の恐るべき可笑しさ。極端までインフレしてしまえばどんなものでも喜劇(笑いもの)になってしまう。いずれにせよこれらは、非人間的というか、人間の外側にあるものである。それら無際限な宇宙・システムに対し...

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古市憲寿『平成くん、さようなら』を読む。

『平成くん、さようなら』読み終わり。 安楽死というテーマに対する社会学である著者のアプローチと、それを平成という時代を絡めて小説というコンテンツで見事に表現する構成力はデビュー作としては見事。著者を思わせる平成くんという主人公を恋人の一人称から描く距離感も著者らしい。 著者の来歴や作風も含め田中康夫の『なんとなく、クリスタル』は比較されうる作品であるが、『なんとなく…』は恐らく当時あの作品を読んで共感できる人が多くいたからこそ、現在でも80年代の時代の空気を切り取ったという評価が一般化されているのだろう。 だが、その事を踏まえると『平成くん…』は果たして平成という時代の映し鏡のような作品だろうかということを考えると必ずしもそうでない気がする。逆説的にはそれこそが平成という時代の多様性や格差の象徴なのかもしれないが、僕にはほぼ同時代を生きてきた平成くんと愛ちゃんの2018年の日常は想像し難い。 東京湾に面した家賃130万のタワーマンションや特殊な労働環境、移動手段はほぼタクシーで身につけている服は俗に言うハイブランドものとという彼ら。その彼らの寂しさや辛さにいまいち共感が持てなかった。も...

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メモ書き『サリンジャー的、サルトル的ーあるいは村上春樹と柄谷行人、ポストモダンの文学精神』

本稿では、20世紀の米文学界を代表する作家J.D.サリンジャーとフランスの哲学者・思想家で作家のジャン=ポール・サルトルの作品・作家および日本における受容と影響を比較することを通して浮かび上がってくる日本文学の思想・精神史を読みときたい。 Ⅰ. サリンジャー的、サルトル的 〈サルトルの倫理、サリンジャーの倫理〉 Ⅱ. サルトル的ー超越へと駆動する力   (三島由紀夫、大江健三郎、吉本隆明、柄谷行人) 〈三島由紀夫の場合(時間)ー行動の究極地点、テロリズム〉 〈大江健三郎の場合(空間)ーサルトルとの対話〉 〈吉本隆明(空間・時間)・柄谷行人(空間)の受容と差異〉 〈サルトルの倫理〉 Ⅲ. サリンジャー的ー自己修復の物語   (村上春樹、村上龍、高橋源一郎、加藤典洋) 〈サリンジャーーイノセント&フラジャイルな作家〉 〈三つの翻訳、三つのサリンジャー〉 ・α.戦争神経症的なサリンジャーー『危険な年齢』〉 ・β.分裂的なサリンジャーー『ライ麦畑でつかまえて』〉 ・γ.解離的なサリンジャーー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』〉 〈ポスト全共闘のサリンジャー革命からのロスト〉 ...

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小説『サリンジャー的、サルトル的 ー Like Salinger, Like Sartre』(抜粋)

ぼくらはまた歩きはじめた。 モール内の有線放送では、The Mamas & the Papasの『California Dreamin’』が流れていた。 ぼくはふと、むかしのことを思い出した。それはいまから10年前の風景だった。 その頃のぼくは、東京の端にある公立大学に通っていて、調布の安アパートにひとり暮らしていた。大学に入り、ひとり暮らしをはじめると、時間軸から開放される。 それがたった4年間の話だったとしても、開放された空間を楽しむのが学生の特権だ。 当時は、iPodが広く普及した時期だった。誰も彼もが、iPodで音楽を聴いていた。 当時のiPodはいまのiPhoneやAndroidのような通信系のモバイル端末ではなかった。ぼくが持っていたのはiPod Classicで、それは60GBの記憶装置を持つ小さなジューク・ボックスだった。 バーに入りカウンターのマスターにオリーブ入りのドライ・マティーニを注文する。一服しながら空間の隅っこにあるジューク・ボックスをながめる。ジューク・ボックスに近づき、お気に入りのナンバーを探す。 クリームのWhite Room、ディ...

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