人文の終わり/批判的であること – マルクスからスティーブ・ジョブズへ –

先日、ワシントン・ポストの記事にウィスコンシン大学が人文学と社会科学の実質ほぼ全てともいえる13のコースを廃止するというニュースがあり衝撃を受けた。 A University of Wisconsin campus pushes plan to drop 13 majors — including English, history and philosophy 大学には経営と予算、学生の集客の課題がある。そのため、より予算が付きやすく、より学生が集まりやすい、就職やキャリアにつながるような実学的な学部を増強し、予算が付きにくく学生の集客力の弱いリベラル・アーツ系の学部は廃止したほうがビジネスとして合理的であるという判断である。 背景として、アメリカは学生の奨学金返済問題が深刻だという問題もある。 他方で、保守的な共和党から影響を受けている部分も大いにある。 ウィスコンシン州知事であるスコット・ウォーカーは2015年にウィスコンシン大学の理念を秘密裏に変更しようとしたということである。 その内容はこうだ。 by removing words that commanded the univ...

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ドラマ『アンナチュラル』最終回を終えて – 理性や倫理の先にある“思い”が人を動かす –

先日『アンナチュラル』がその短いようで長い旅の終わりを迎えました。 各方面から大きな反響を呼んだ本作ですが、個人的にもテレビドラマ史に残る名作だったと思います。その魅力と新しさについて解説していきます。 本作を語る上で欠かせない要素の一つとして、脚本が挙げられます。 脚本を担当した野木亜紀子は2010年にフジテレビヤングシナリオ大賞を受賞しデビューした、一般的には若手に分類される作家です。脚本家として彼女の名が知れ渡るきっかけとなったのが、2016年の『重版出来!』と『逃げるは恥だが役に立つ』の2作です。『空飛ぶ広報室』や『図書館戦争』など、原作ものの脚本には以前から定評があった野木ですが、『重版…』『逃げ恥』に共通する原作漫画をテレビドラマのフォーマットに落とし込むという手腕で彼女はその人気と実力を決定づけました。 そんな野木が完全オリジナル 作品として挑んだのが本作『アンナチュラル』でした。 脚本に関して初回放送後の反響として大きく上がったのが、「質の高い海外ドラマを見ているよう」という声でした。確かに初回の真実に辿り着くまでに二転三転する先の読めない展開と疾走感はこれまでのテレビ...

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映画『ちはやふる-結び-』を観る。

『ちはやふる-結び-』を観る。 上の句・下の句のポテンシャルから絶対良いと思っていたけど、とてつもなく素晴らしかった! あんなに登場人物が作品を生きてる物語を見たことがない。一人一人の息吹に彩りがある。 無限未来を軸にテーマの描き方も抜群。 無音・スローモーション・アニメーションの使い方も前作同様完璧。 音に関しては、紙が鳴るんだとか細かいところまで注目してしまった。役者人もみんな完璧。清原果耶の前のめりは上の句・下の句の千早をみてるようでここにも継承というテーマがうかがえる。クイーンは相変わらず変人だけど、彼女の強さの源である「どちらが純粋にかるたを愛してるか」という基準はところどころしっかり生きていた。肉まんくんや机くん含めてもっともっとチーム瑞沢を見たかった。 あれ、5億点じゃないかこれ。 ベタなんだけもベタでもいいんですたまには。 勉強と部活、青春だな。青春は僕にもあって良かったなと思う数少ないことのひとつです。みんなのこと、ちょっとだけ分かるから良いんだろうな。...

映画『15時17分、パリ行き』​を観る。

考えれば考えるほど変な映画だ。こんな、テレビの再現ドラマみたいな話がどうしてこんなに面白くて、泣けてしまうか。​ 「実話を基にした映画」というジャンルを揺さぶる仕掛け、最高の一発ネタである。しかし再観賞に耐える。むしろ観る度に感動が強くなる。 「実話を基にした」という謳い文句が好きになれず、この作品もまあ、無差別テロに遭遇した人達をドキュメンタリータッチで描いた作品、とかその類いだろうと思っていた。 あるいは、実話を基にしていようがそれ自体で完結できる強度を持った面白い作品はいくらでもあるけれど、そういう作品でも最後に当時の映像だのモデルになった人物だのが出てきてしまうのが嫌だった。そういうのを見ると本編があくまで現実の再現でしかないような、フィクションとの上下関係を感じてしまう。 しかし、考えてみると『15時17分、パリ行き』はずいぶん実験的なことをやっているのに、それをまるで感じさせないのが凄い。映画ともドキュメンタリーともつかない、現実と呼ぶしかない時間が映りこんでいる。 始まって早々、三人組の一人の語りとともに、映画はいきなり彼らの過去に飛ぶ。軍隊オタな子ども時代、パラレスキュ...

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ドラマ『トドメの接吻』最終回

ドラマ『トドメの接吻』最終回。 最高だった。僕はいずみ吉紘の描く表の世界からこぼれ落ちた人間たちのドラマが大好きで、本作はその作品群のなかでも1.2を争う大傑作だったと思う。オリジナル脚本というところも素晴らしい。 タイムリープの仕組の解明、主人公・旺太郎の目的、実は戻っていた、戻れないなど設定を数多く用意し、しかもそれがあくまでテーマを面白く描くための手段に過ぎないことに一貫する潔さ。 本作のテーマは紛れもなく「愛」 愛する事の無意味さが身に沁みついてしまった旺太郎に愛はみえるのか。 大金を手にするためタイムリープ能力を持つ相手の弱みに付け込みキスの契約を結び都合よくキスをして過去を書き換える。その愛など見向きもしない旺太郎が最後に選んだのは、大金でもキスの能力でもなくキスの相手・宰子の幸せだった。 過去に戻った宰子には旺太郎との記憶がない。その宰子に自分ような人間にはその能力を絶対に利用されるなと忠告しその場を去ってしまう。結果として彼の中に生まれた初めての愛という感情は未達に終わる。彼はその後、かつてと変わらず軽薄に生きていくかのようなシーンで物語は幕を閉じる。 「過去は変えられ...

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映画『リバーズ・エッジ』を観る。

現在から当時を遡行しつつ若者の心理を描いた作品として良かった。 ケータイ(PHS)の普及以前(1995年PHSサービス開始)、インターネットの登場以前(1995年が日本におけるインターネット元年といわれる)、オウム事件以前(日本社会のうわべとその精神病理が暴かれた1995年)の物語。 僕は近年のある種の映像には生々しさが欠けていると感じていたのだが(ここでいう映像はアダルトな意味でのAVも含む)、『リバーズ・エッジ』の映像には生々しさがあった。そこには、デジタルやPhotoshopやフォトジェニック以前の生々しさが描かれていた。生のコミュニケーション。生きてる感じ。 80年代は浮かれた時代だったと言われる。『なんとなく、クリスタル』、ポスト・モダン、MTV。 しかし、90年代、世相は大きく変わる。消費社会の神話と構造、社会システムのマンダラが切り裂かれ、破壊的な人々の生の感情(生と死が隣接したものであるというヒリヒリした感情)が溢れ出た時代だった。 当時は現在よりも清潔でない時代だった。川は臭く、タバコはポイ捨てし、空き缶を川に投げ入れた時代。公害やオゾン層の破壊が問題として語られた時...

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映画『リバーズ・エッジ』を観る。

『リバーズ・エッジ』を見た。 渋谷HUMAXシネマ、恐らく友人が見た前の回だったと思う。 個人的には悪くなかったと思うけど、期待値が高かった分、悩ましい箇所も散見された。 まず、いい意味でも悪い意味でも構成が不親切。冒頭に物語の鍵になるようなシーンがいくつか断片的に映される。そのパッチワーク的な構成が全体の構成にも影響を及ぼしていた。 一見するとストーリーがあるようで実は断片をつぎはぎしたように見えるのは恐らく時代設定と関連している。この物語の設定はかろうじでコミュニケーションの分断化が起こる前の時代で、故に分断化を加速させる携帯電話は登場しない。ただ、それを予感させることを構成でやっていたと思う。 この物語を描く上で最も重要なのは、当時の時代観を再現すること。 70年代から続くオカルトブームや『完全自殺マニュアル』の影響、未知なものが未知として存在する恐怖と焦燥感。川の対岸へ滑るように渡ってしまうことで受ける傷と生の感覚。この時代の感覚の切り取り方はとても良かったと思う。 この物語の登場人物たちと現代の若者たちの違いは身体が伴っているか否かだと思う。今から見れば生身のコミュニケーショ...

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〈ガチャ-資本主義-ゲーム〉- 価値とルール –

ガチャ-資本主義-ゲーム ガチャという無からの価値創出の生成魔術とその呪術性やばい。 — COMA (@Factory_COMA) 2018年3月13日 ソニー、アニプレックスfgo ガチャで売り上げ年900億。ソニーの株があがる要因に。ガチャはソニーを救い日本を救う — f.g sweet (@mysweetmoon1983) 2018年3月14日 やばい経済効果ですね。日本経済を支え、回す人々を救済するガチャ。問題は、これが貧富の差と資本階級による搾取を助長するアヘンであること。他方で、人々がマテリアルのないシンボルや記号をここまで愛するようになったのは面白くて、貨幣の持つ絶対的な呪術性が相対的に低くなるようにも。 — COMA (@Factory_COMA) 2018年3月14日 ほら、仮想通貨だってもう価値をもってるし。仮想通貨のマイニングだってガチャ回すのと似たりよったりですよ — f.g sweet (@mysweetmoon1983) 2018年3月14日 仮想通貨の価値は、交換価値なので実際には自分のところに戻ってくるある...

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映画『エンドレス・ポエトリー』を観る。

『エンドレス・ポエトリー』とてつもなく変な映画だが、話は至ってシンプルだ。 ホドロフスキーの青年期、サンティアゴに移住してから、友人や恋人を得て、別れも経て、詩人としての自己を確立し独りパリに旅立つまでの「若い芸術家の肖像」を奇想天外な登場人物とシュルレアリスティックな映像で語る。 『エンドレス・ポエトリー』を観て連想したのはラテンアメリカの作家たちの小説だ。 例えばアレナスの『夜明け前のセレスティーノ』やボルヘスの『ボルヘスとわたし』。前者は幻想の入り乱れる少年期の回想、後者は詩人の過去と未来の対話という点で似ているが、それだけではなく、 現実と幻想をシームレスに描く、出来事を主観的に大袈裟に語る、といったこの映画の表現方法は、いわゆる南米マジックリアリズムの特徴として挙げられるものだ。特に近いのは、自伝的な作品を遺し、記憶や詩人としての自己を爆発的な幻想で描いたレイナルド・アレナスではないかと思う。 この映画はずいぶんと奇妙な自伝だ。視覚的イメージや人物が奇抜なだけではない。現在のホドロフスキー本人が登場し、昔の自分に語りかける。父との別れの場面に割り込んで、本当はこうするべきだっ...

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