オブジェ化する「本」とフォトジェニックな空間の時代性について – Instagram,SNS,ライフスタイル –

19世紀はリアリズムの時代であったが、技術・美術的な側面においてはカメラの誕生と写真文化の繁栄のはじまりであった。カメラは、瞬間の現実を切り取り氷結する装置であった。 一方、PhotoshopやSNOWにより現在は写真が加工される時代となった。それは現実ではなく、夢想の具象化だ。 今年開業したGINZA SIXを訪れた。 「Life At Its Best 〜最高に満たされた暮らし〜」をコンセプトにした、銀座の国際的な商業空間。 空間を彩る草間彌生の現代アートと、日本文化とアートを結節するという蔦屋書店が特徴的であった。    しかしながら、“最高に満たされた暮らし”とは何だろうか。 また、アートと暮らしはどうつながるものなのだろうか。 あるいは、本は電子化が進んでいるけれども、紙の本の存在や、商業施設における書店の意義はなんなのだろうか。 そして、最先端の商業施設は、僕らの時代の何を象徴するものなのだろうか? オブジェ化する「本」とフォトジェニックな空間の時代性について まず、ポストモダン以降の本〈テクスト〉と社会の関係性(構造)を考えてみる。すべてのテクストはコピー&ペース...

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2017-2月のメモランダム

2017-2月について 社会面では、ある女の子の信仰と労働問題が話題になっている。 経済面では、18万人の従業員を抱える企業が一部上場から二部上場に変更となった。 アジアでは、独裁者の義兄がクアラルンプールで暗殺された。 東アフリカの南スーダンは混迷の中にある。 パロールとエクリチュール パロールとエクリチュールの違いはコンテクストが内包され状況が制限されているか否かの差だ。 デリダ論を読みながら、横浜美術館の写真展を訪れた。 ある瞬間・ある状況が切り取られた写真は、メッセージ・物語の主体でありながら、一方でその瞬間からなんらかのアイコン・シンボルになる。 写真はリアルの記録でありながら、幻想の描画 – 幻想の再生装置だ。 言葉でなく映像にも、パロール / エクリチュールという関係がある。 マリリン・モンローの写真は悲劇的な美女のアイコンであり、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの写真は愛のイメージとなり、コカ・コーラやマクドナルドの看板は資本主義の象徴となる。 この視点が、さらにアクチュアルに暗示するものとして、言葉や映像といった表現のみならず、僕らの存在・行為自体もパロール ...

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