(TOKYO) FACTORY MAGAZINE | Urban Liberal Arts & Post-Truth Stories for the People

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  • 10月期のドラマが始まってしまっていた。

    10月期のドラマが始まってしまっていた。 『奥様は、取り扱い注意』 初回で最も重要な物語の設定説明がかなり雑。あまりにも都合よく裏社会から足洗って、結婚して、仲のいいご近所さんが出来てという展開をこのままスルーする訳もなく、ラスボスは夫の西島でほぼ決まりだろう。

    2017.10.18 Wednesday 

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  • 映画『パターソン』を観る。- 理想としてのレギュラー/イレギュラー –

    映画『パターソン』を観てきた。 30歳でぶち当たった仕事での壁とその影響でぎくしゃくした彼女との関係が少しでも晴れればという希望を込めて。 彼女からは、「パターソン宝田くんみたいだね」という言葉をいただいた。(悪い意味で) さて、まず驚いたのは、恐らく理想のど真ん中に来るだろうと予想していたパターソンと恋人のローラとの関係が思っていたものとは若干違っていたこと。

    2017.09.24 Sunday 

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  • 『三度目の殺人』と僕らのエチカ

    是枝監督の映画『三度目の殺人』は、真実はどこにあるのか?それを問うこと、真実から目を背けないことが描かれている作品であった。 だからこそ、エクリチュールとして法治国家の欺瞞的なヴェールをぬぐい去るところがあった。 他方、こうも思った。 僕がティーン・エイジャーの頃にこの映画と出会えていればと。 だが、理解できなかっただろう?そうかもしれない。

    2017.09.21 Thursday 

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  • 映画『散歩する侵略者』を観る。

    『散歩する侵略者』を観た。うまくないんじゃないか、というところと、観たこともないものを観ているという感じが、それぞれはっきりして。 だが、自分の中では『散歩する侵略者』は今年観た映画で10作選んだら必ず入ると思う。 とりあえず、とても好きな映画だ。笑いがある。何の面白さかわからない、曰く言い難い感じがある。 それでいてストレートに愛の話(セカイ系とすら言えそうな)でもある。

    2017.09.21 Thursday 

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  • ドラマ『僕たちがやりました』最終回を観る

    ドラマ『僕たちがやりました』最終回を観る まずは、第2話を観たときの感想から。 初回見たときにサスペンスとしてもコメディとしても学園ものとしても中途半端だなとガッカリしたけど、もしかしたらこの物語が目指しているのは今の若者のリアルな成長譚なのかもしれないと考えたら面白く見れるようになった。

    2017.09.21 Thursday 

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  • 古川 日出男『非常出口の音楽』を読む。

    もう一冊の掌編集である『gift』とは似ているようで全然違う。 あちらはアイデア集というか、小説が萌す瞬間に焦点を合わせた作品だった。 この本が語ろうとしているものは、もっと掴みがたく、もしかしたらもっと切実なものかもしれない。 それは、現実というフィクションに立ち向かい、生き延びる助けになるフィクションがあるとしたらどんな姿をしているのか、ということだ。

    2017.09.20 Wednesday 

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  • 古川 日出男『ルート350』を読む。

    短篇小説は長篇に較べ、作家の核となるものがより表れやすい。 多彩なスタイルに見えて、その実(あとがきで触れているように)同じモティーフを変奏のように繰り返し語り続けている古川日出男のような作家は特に。 この短篇集では「レプリカ」という単語が何度も使われている。 小説は、現実のレプリカなのか。 そうだとしたら、人はなぜ、わざわざ模造品を作って、読むのか。

    2017.09.20 Wednesday 

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  • フランス人間国宝展を観る。- オブジェの魔力 –

    上野の「フランス人間国宝展」を訪れた。 フランス人間国宝展 http://www.fr-treasures.jp/ プレスリリース http://www.fr-treasures.jp/image/press_release.pdf 僕は、はっきり言ってブルジョア的な世界観を嫌悪するし理解できない傾向がある。

    2017.09.19 Tuesday 

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  • ドラマ『過保護のカホコ』最終話を観る。

    「過保護のカホコ」最終話。 びっくりするほど真っ直ぐなハッピーエンド。最後、指輪が坂を転げてそれを母親が追っかける引きのシーンでマジかここでトラックに轢かれるのかよと不安がよぎったけど、そんなことも全くなく。しかもこの爽快なエンディングがすっばらしい。遊川さん、これで良いんです。 鬼母ものにおいては、母の子供に対する異常なまでの愛とそのエスカレーションが核になる収束の話が多い。

    2017.09.18 Monday 

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  • ドラマ『ごめん、愛してる』最終回を観る。

    『ごめん、愛してる』最終回。 凡庸ではあるものの韓国ドラマのリメイクだけあって、愛する人に愛してると言えない悲劇はつくれていたと思う。相手のことを思って涙する資格がないという母親の台詞の重み然り。 一方で、連ドラの限界も露呈した。 終わり方としては、長瀬のタイトル台詞、吉岡里帆の泣き崩れる姿、長瀬が波打ち際を去っていく、タイトルバックドーンしかない。

    2017.09.18 Monday 

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  • 映画『パターソン』を観る。

    これは日常を描いた映画だ。 何気ない日常、何気ない毎日、 小さな心の揺れ。 それでも大切な日常。 愛すべき人たち。 しかし、僕らは愛を失ったら、生きてはいけないだろうか? その時、僕らは意味を失い、バラバラになってしまうだろうか? 何でもない日常。 そして、僕らは何者でもない。 せめて、詩人のように生きられたら。

    2017.09.18 Monday 

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  • 映画『三度目の殺人』を観る。-『地獄の黙示録』あるいは反転のソクラテス –

    『三度目の殺人』を観る。そのモティーフは、あるいは『地獄の黙示録』の変奏のように響く。 そこには真実から目を逸らして欺瞞に満ちた世界を生きることへの批判が通奏低音として流れている。 役所広司演ずる犯人は、カーツ大佐、あるいは反転した裁かれるソクラテス〈ニーチェ〉。 福山雅治演じる弁護士は犯人にこう呟く。

    2017.09.18 Monday 

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